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山原ユリアの日誌。

2007-07-30

Добрый день! → Dobrý den!(čeština)

 新しい文字列はSlovenčinaにもあるので注意が必要。「舊」の方でも引掛かりはあつたから中央ヨーロッパ言語には今後も氣を付ける。彼地ではすべてキリル文字が使はれてゐるといふわけではないのだから(※逆にそれは極く一部でしかない)「被り」が起きるのは必然といふこと。

2007-07-28

 2年と5ヵ月丁度で時効が既に確定してゐると「誰か」が決めてくれるといふことをなるほど了解した。未提出のレポートなら在學中に有耶無耶にも出來たといふことで、放校された今でもそれらを抱へ續けてゐるなんてのはトンだ御呵種だつたわけだ。*1

*1:だいぶ前に「もつと假名遣について書かれることを希望」されたわけだつたのだが、その後に「もう結構だ」といふ連絡はない。そのくせに事情を知つてるのかどうかも判らない「n」(nobody?)は「誰も期待してない」と請け合つてくれるのだからフシギだね。

2007-07-27

「誰も…」とは誰のことか? なぜ自身のコトバとして「わたくし」を主語としないのか?
そのコメントは*1次のやうに書かれるべきだらう↓

「私は」そのやうなことを期待してゐないがゆゑにその「私の」正義の感覺に照らして當然他の誰もが等しく期待なんてするはずはないものと「私は」考へる。

ちよつと解りにくければ文に區切りをつけてもよい↓

「私は」そのやうなことをキサマに期待してゐない。
だから、その「私にとつての正義」の感覺に照らして「私以外の誰もが等しく・私のやうに」キサマに期待なんかするはずないのだ。
…このように「私は」信じてゐる。

「誰」といふ稱は「みんな」とよく似てゐる

2007-07-25

 よく知りもしない假名遣なんかについて書くことをいつまで期待され續けなきやならないんだらうか。御希望は提示されるばかりで取り下げられることがないわけだが‐かうしたことの時効といふのはどう見積もればよいのだらう。圍ひ込みのなかにあるからには無期限なのだといふことか。

nn2007/07/26 03:15誰も期待なんてしてゐないのではないかと。

2007-07-24

 北からの海流は米山の裾に伸びる岩場に當つて砂を堆積する。舊い砂丘地帶に建つ街は舗裝一枚剥せばサラサラの砂土だつたから液狀化したのは當然だつたらう*1-地中に埋設された構造物の修復に相當の時間がかゝるといふのは飲込める。ところで水道破斷箇所からの漏水が路上に溢れてゐる態は冬季の融雪裝置が稼働してゐるところを想起させるがこれはたぶん周圍のアーケードなどの風景がおなじにみえるせゐだらう-一見すると變りがないやうにもみえたりして他所からではやはり状況が攫みきれない。

*1:發電所は濱の上に直に建設されたからいはずもがなで敷地の映像ではアスファルトが陷沒したり非道く波打つてゐるのが判る。

2007-07-20

 閻魔堂の邊りの街區で被害が大きいといふ噂だが相變らず情勢はよく判らない。割合の問題ではなくて現實に被害があつた處はどこでも大變なのだといふことに變りはないわけだが。あの長い長い商店街は再興してくれるんだらうか。

2007-07-18

 まづは30%の節電。やはり漏れ*1といふことだから潮流の下手に當る裏濱のテトラポッドに付くムラサキイガイはもう食用にはならないだらう。

*1:現場の…あの霞んでみえる煙突群の邊りは遠淺の濱で以前は蛤がわんさか採れた祕密の漁場だつた。今更なんの役にも立たない情報ではあるが。

2007-07-16

 日々の記憶のなかでは整然と竝んで強固に見えてゐた商店街アーケードのはりぼて一枚隔てた裏側はこの地方に特有の黒灰色の重い瓦を屋根に載せた舊い木造の建物だつたりするし殊に平屋の場合には梯子を昇つた屋根裏は藏物の詰まつた納戸だつたり倉庫なんてこともザラだからそこいらは果してどうなつてしまつただらうかとやはり相當に氣掛りではあるのだが與へられる情報映像さへ伴つてゐるにも關はらずどうにも攫み處がなくて苛々させられる。

2007-07-14

 表徴からのパターン抽出の比較を以て總體の一致と捉へるのは早計だ。生起された表面において似通つたところが多々みられるからといつてそれらが最終状態への到達を表してゐるといふ意味にはならない。表現の裝置が稼働する過程では本來的にシステム固定化についての決定を目してゐるわけではなく結果は常に散逸の寸前の態を一瞬間その場に留めただけに過ぎないのだ。

2007-07-11

 дараний‐дараное,дараний‐дараное,они‐мони моне‐мамоне силешарице шамия‐шабитае сэнце‐мокутое‐мокубитае... *1

*1:あなたには歪んだ綴りのこの御呪詞を捧げます。

2007-07-09

 網誌運營の最初にそのスペースの強度を試してゐるときにはいつもなんとなくヴァレリイのテスト氏を想起したりする。這是試驗的投稿→これはテストです→つまり架空の人物の物語なんですよ‐とか。してみると、みっともない俺はまるでランボー♪‐みたいな。 …さういへば晩年吉行エイスケ氏はこの本を含めて二册の藏書しか手許に置いてゐなかつたさうだね。*1

*1:それで一般にダダ屁理屈とおんなじで「捏ねる」ものなんだつてね。または小麥粉みたいなもので種を入れて膨らませたりとか。幼い頃「小麥ねんど」とかいふ發色のきれいな粘土を買つて貰つたことがあつてウキウキとそれを捏繰り廻してゐるうちにだんだん各色が雜じり合つて鈍く冴えない土塊に變じて行つてしまひガッカリしたことを憶えてゐる。本當はダダなんてのは捏ね廻したりするよりもひと口だけ齧つて聖橋の欄干あたりから奔り拔ける地下鐡めがけて擲げ捨てるのがいちばん似合つてゐるんぢやないかとおもふ。

2007-07-04

 宛てを施して發信しなければ「私信」ではなく、單に「私記」なのかもしれず‐といふ氣もしなくもない(掻頭) …ところで、ブログ遊びでの迴響(※コメントや返應記事)の位置付けといふのは、譬ば偶然目にしたコンテンツを自らに向けられた信件と捉へることによつて惹き起こされる反應なのだと理解することも出來ようか。例の「クリリンのことか!」にしても同形のプロセスを經て導かれたひとつの結果だといへるのかもしれない。表れた徴しのどの階層深度でどんな流れに沿つて「意味」を見出だすかに係る事情から「讀み」は樣々に搖れるものだとおもふ*1

*1:「文字をなぞる」のではなく「文を讀む」といふ文脈における‐これは「文字」ではなくて「經驗」とか「想像」に係るおはなし。

2007-07-03

 括弧で閉ぢたりしなければ誤送郵件との見極めは難しいとおもふ。手機に搭載された同一のエディタでほとんどのコンテンツを書いてゐるので何時かはさういふミスを犯すかもしれない。別人に成り濟まして鬱陶しいアンテナ捕捉から逃れることも出來ないといふこと。*1 *2 *3

*1自動變換裝置に掛けて漢字や假名字を直してからアプしようかと惱んだ時期もあつたが、さうするには毎々度々電腦器を立ち上げる必要があり、私の網路環境からすると絶望的なのだ(死心)。

*2↑「…字を直してから」てのは「現行の教育制度で指定されてゐる表記方法に準據した體に直してから」てコトだよ。さうすりや、くだらない體裁フェチの括りから外れることになる筈だらう?

*3:誰もが等しくまつたく同じ教育體驗を受容し寸分違はぬ想法をして來たものと思つてるのなら、それは大きな間違ひだ。ここでは個人として想法の礎となるコトバの整理のつけかたが問題となつてるのであり、後付けで何かの思想にかぶれて「スタイルの統一の仕方をみんなで習得・伝播しよう」といふ向きとは目的がぜんぜん違ふのだ。

2007-07-02

 『これもまた度忘れで咽から出て來なかつたのだけれど、實は「風の慕情」は持つてゐました。サンプル盤で「9/20發賣」の刻印があります。ところで、この前に戴いた單曲盤索引で缺けてゐるもの(×印の物)は發見したらもちろんお報せするつもりなのですが、いかんせん當方は斯樣に度忘れが激しい人間ですのであまり期待なさらないでください。そのうへ中古盤屋の店頭ではどこでも音樂を流してゐるのが常ですから、そのまゝ意識が明後日方面へと流されて「どこだろどこだろどこでしょね♪」となつてしまふことが多いのです。』*1

*1:出し忘れた私信をこんなところに置くのは反則とは知りつゝも。

下足亭下足亭2007/07/03 16:43私信への返信は此處でも宜しいでせうか?
儂が欲してゐる單曲盤はあと二枚――「セプテンバー・ムーン/手と手を」と
「私の胸をノックして/何故かしら」――です。
長時間録音盤で欲しい物も有りますが、何しろ全容が掴めない状態なので、一寸措いておきます。
萬一何處かで目にしたら、お知らせ戴ければ幸甚です――其の時思ひ出して戴けたら。

2007-07-01

 意外にも立派なサンプル記事が用意されてゐた。消去するのが惜しかつたので6月30日に置いておくことゝする。